冴島唯月ブログ

50代のおひとりさまです。ミニマリストを目指して断捨離中。

自分自身の思考を断捨離。恥ずかしい勘違いを告白します。

昨日、私は「断捨離」に関して、恥ずかしい勘違いをしていたことに気づいてしまいました💦

顔から火が出るほど恥ずかしかったのですが、二度と繰り返さないように、このブログで告白させていただきます。

 「断捨離」の本当の意味

「断捨離」は、皆さんご存知だと思いますが、やましたひでこさんが提唱されています。

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その考え方は広く支持されて、たくさんの方が断捨離を実践されていますよね。

私もそのつもりだったんですが、実は間違った認識をしていたことがわかりました。

どうしてそれに気づいたか、は、後ほどお話したいと思います。

その前に、やましたさんがおっしゃる「断捨離」の本当の意味を確認したいと思います。

やましたひでこさんはご著書「人生を変える断捨離」の中で、こうおっしゃっています。

断(うかつにモノを取り入れない)妥協せず

 ×

捨(モノを手放す)固執せず 

×

離(モノ・コト・ヒトが循環・代謝している)最適化

 

出典:「人生を変える断捨離」やましたひでこ著(ダイヤモンド社)

 私がしていたのは、「捨」だけだったことに気づいてしまいました。

それに気づいた時は、顔から火が出るほど恥ずかしかったです。

どうしてこんな勘違いをしてしまったのか、よくわかりません。

ただ、断捨離に関心を持った時に、やましたさんのおっしゃる「断捨離」のことは調べましたし、本も読みました。

それで、わかったつもりになっていたのですが、いつのまにか別の思い込みをしていたんですね。我ながら情けないです。

勘違いに気づいたきっかけ

 私が勘違いに気づいたのは、二つの事柄がきっかけでした。

読者さんからご指摘があった

先日、まな板を手放した記事を書いた時に、読者さんから鋭いご指摘がありました。

aramaaaaさんという読者さんから「単に捨てる事を断捨離って言う?」というコメントをいただきました。コメント、ありがとうございます。

正直、これを読んだ時には、グサッと胸に刺さりました。

それは、きっとどこかで、自分でもそう思っていたからだと思います。

それ以降、ずっとそのことが頭から離れませんでした。

その日は娘と約束をしていたので、考えながら出かけました。

娘にも同じ指摘をされた

その後、娘(次女)と会った時に、断捨離の話をしたんですね。

そうしたら、娘にも、私の断捨離の使い方はおかしい、と言われてしまいました。

彼女も、断捨離はただ捨てるだけじゃないでしょ、といって、ネットで調べて見せてくれたんですね。

確かにだいぶ違っていました💦

これが決定打となり、私は今まで「断捨離」を間違って認識していた、と認めることになりました。

ああ、私は何ていい加減な人間なんだろうと、恥ずかしくなって落ち込みました。

今回の反省

今回はただただ反省するばかりです。

もともと私は思い込みが強い、という自覚はありましたが、これほどまでとは思いませんでした。

断捨離の記事を書いている人間として、大変恥ずかしい、という思いでいっぱいです。

今後は二度とこのようなことがないように、細心の注意を払うことをお約束します。

このことがあって、自分自身の思考を断捨離しなければいけない、と強く感じたんですね。

自分にとって必要ない思考を手放して、残った思考の中から、本当に必要な思考だけを厳選したい、と思います。

私の場合、まず変な思い込みを手放さなければいけないでしょう。

すぐに全部手放すのはむずかしいですが、あきらめずに少しづつやっていきたいと思います。

簡単でないのはわかっていますが、それでも、私にとっては避けて通れないことだと、強く感じます。

このことを教訓に日々、物と思考の断捨離をして、自分を磨いていきたいと思います。