ミニマリスト三昧

夫と死別した50代ミニマリスト。無駄なものをそぎ落としたシンプルライフを目指しています。

日本人は元々ミニマリストだった?亡き父の習慣から感じたこと。

「昔の日本人ミニマリストだった」とは、佐々木典士さんの言葉。

 私もまったく同感です。

実は私の父も、振り返るとミニマルな暮らしをしていたなと。

もちろん父は無意識だったと思いますが、そんな父から私が思いがけず引き継いでいた習慣があります。

今回、日本人は元来ミニマリストではないかという話と、父のミニマルな習慣についてご紹介したいと思います。 

日本人は元々ミニマリストだった

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人気ミニマリストの佐々木典士さんが書かれた『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』の中に、次のような記述があります。

生まれたときは誰しも何も持っていなかったように、昔の日本人はみんながミニマリストだった。(中略)持っている着物は2、3着程度とわずかだが、こざっぱりしていていつも清潔。

出典:『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』佐々木典士著(ちくま書房)

ここで佐々木さんがおっしゃる「昔」は、江戸時代以前のことでしょうか。

時代ははっきりしませんが、昔の日本人がミニマリストだったという説は大変納得できます。

2~3枚の服を大事に着回していた姿が目に浮かぶよう。

以前、昔の日本人がどんな風に着物を扱っていたか、話を聞いたことがあります。

まず普通に着物として着て、傷んだらほどいておむつに縫い直す。最後は雑巾にして使ってから捨てると。

これは古き良き日本の習慣ではないかと思います。

昔は貴重だった衣類を、最後まで無駄なく使いきること。

必要最低限の持ち物を最後まで大事に使う様子は、まさにミニマリスト。

これこそ、日本に脈々と受け継がれてきたミニマリズムではないでしょうか。

 

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昔はものが少なくても、精神的には豊かだったのでは。

佐々木さんがおっしゃるように、茶道も日本人のミニマリズムを体現しているもの。

極限まで余計なものをそぎ落とし、制限の中で楽しむ茶道。

その精神性がミニマリストそのものだと感じるのは、私だけでしょうか。

70代知人のミニマルな暮らし

昭和の高度経済成長で大量生産大量消費の風潮の中、多くのものを持つのがある意味ステイタスとなり、日本人のミニマリズムは失われたかに見えました。

私はそんなことはないと考えています。

古き良き日本の習慣を、今でも脈々と受け継いでいる方がいらっしゃっると。

特に、年配の日本人には古き良き習慣を淡々と守っている方が多いのでは、と思っています。

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以前の記事でご紹介した、友人のご主人もそのお一人。

友人のご主人は70代前半。

私が驚いたのは、ものを捨てる習慣が自然と身についていること。

友人のご主人は結婚当初から、新しいものを1つ購入したら古いものを必ず1つ手放すそうです。

ものによっては、2つ以上手放すこともあるとか。

長年当たり前のようにしている習慣なので、苦もなく自然にできるとのこと。

ご本に直接伺ったわけではないのですが、おそらく代々受け継がれた暮らしの知恵なのでは。

現代ほどものが豊富になかった時代から、日本人は必要最低限の持ち物で暮らす快適さを知っていたのかもしれません。

現在、物をため込んで不用品が捨てられない、70代以上の方は多いと聞きます。

一方では、ミニマリストという言葉を知らなくても、自然とミニマルな暮らしを実践されている方もいる。

ここ数年、ものに依存する暮らしに疑問を感じる人が増えています。

今こそ、古き良き日本人のミニマリズムを、見直す時期なのではないでしょうか。 

   

 亡き父はミニマリストだったかも

私の父は、2年前に85歳で他界しました。

頑固で口ベタだった父とは、子供の頃あまり話をした覚えがありません。 

そんな父は生まれてから死ぬまで、ずっと田舎に住んでいました。

父が子供の頃は戦争の影響で、ものが極端に不足した時代。

必要なものでさえ手に入らない、過酷な状況だったかも。

その状況下では、強制的にミニマルな暮らしをせざるを得なかったのでは。

また、父の家は田舎で代々農家だったこともあり、ものを大事に使う古き良き日本の習慣が残っていたのだと思います。

私の物心がついた頃は、だいぶものが出回り始めていたはずですが、今思うと我が家はミニマルだったなと。

できるだけものを買わずに、自分で作れるものは極力手作り。

お米や野菜、ミソ、梅干しは自家製、ニワトリを飼って卵をもらう、という自給自足に近い暮らしでした。

食材以外は必要最低限のものを入手して、上手に使い回していたようです。

  

生まれた時からミニマルな暮らしをしていたと思われる父の習慣で、言われたことはなくても自然と真似していることがあります。

それは、着古した服を切って掃除に使うこと。

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父は小さく切った布をウエスと呼んでいました。

会社勤めをしながら、休日にお米や野菜を作る暮らしを長年続けた父。

お米は自家用がメインで、残りを農協に供出。

お米を作るのに、父は田んぼを耕すコンバインや稲刈り機などを持っていたんですね。

そういった農機具を掃除するために、着古した服を小さく切ってストックしていました。

そんな父の後姿を見ていたからか、私も気がつくと同じことをしていてビックリ。

貧乏くさいとは思わなかったんですね。そうするものだと無意識に思っていました。

父がウエスを使ったほうがいいと、口に出して言った覚えはありません。

ただ、着なくなった服は掃除に使って捨てるものだと、いつの間にか刷り込まれていたようです。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものです。

 

よくこのブログに来てくださる方ならご存じだと思いますが、私は傷んで着なくなった服やタオルを小さく切って掃除に使います。

10年以上続けているトイレ掃除と玄関、靴底の掃除には、使い捨てできるウエスが便利。

今後もできる限り、服を最後まで使い切る暮らしを続けたいと思います。

 

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最後に

昔の日本人は現代ほどものが豊かでなかった中で、持っている物を最大限に生かしていました。

一時期途絶えたかに思えた日本人のミニマリズム。

ミニマリストが注目されるようになった現在、ミニマリズムはますます暮らしに浸透していくと思っています。

私自身もミニマリストになって間がないのですが、とても快適になったと実感しています。
この記事が少しでも、ミニマリズムについて考えるきっかけになればうれしいです。